2022/06/03

MBTI診断とぼく

※筆者はMBTIに精通しているわけではありません。ものすごくフワっとした理解ですのであまり真に受けすぎないでください。


MBTIはいわゆる性格診断の一種で、「どう世界を認識し、物事への決定を下すかを示す」ものだそうです。

韓国で流行り始めてそれが日本にもやってきたらしく、「怖いほど当たる」と話題なのだとか。


この診断において多く用いられているのが「16Personalities」というサイトの診断。

全部で60個の問いに答えて「他人との関わり方」「物事の見方や情報処理」「意思決定、感情処理の仕方」「仕事や計画の進め方」という四つの観点から性格を示してくれるというシロモノ。

正直60問ぐらいで人間の性格を網羅できるとは考えにくいので、当たるも八卦当たらぬも八卦というところでしょう。


と、さんざんこき下ろしておきながらかくいう私も知人からMBTIの存在を教えてもらい、はじめて診断してみたのが2021年4月のこと。

この時点での私の評価は「広報運動型(ENFP)」でした。

MBTIを知らない人からしてみればなんのこっちゃという文字列でしょうが、ここでそのすべての評価を解説するつもりはありませんのであしからず。


さて、私の評価の話に戻ります。

大まかにどんな人間かと説明すると、「好奇心旺盛で人付き合いも大好き。楽天的だけどやや繊細な内面も持つ」という人間。

なんだかアニメや漫画の主人公みたいですが、実際そのようで主人公はENFPに分類されることが少なくないようです。

ちなみに私はこの診断を受け取ったときに「うーん……?」とやや首を傾げ、素直に受け止められなかったという現実があります。



そして時が経つこと10ヶ月。

2022年2月に私は再びこのテストを受験しました。

その結果は「仲介者(INFP-T)」へと変貌を遂げていました。

仲介者と言われるとなんだか聞こえが良いですが、「独創的だけど行動力はない」というやや厳し目の評価。

その影響か検索エンジンで「INFP-T」と入力すると「クズ」だの「やばい」だの「社会不適合」だのと散々なサジェストが並びます。

前回の評価とはまさに180度違う結果ではありますが、正直やや受け入れられた感があったのも事実です。



時は流れ2022年6月。

何の因果かちょうど四ヶ月の間をおいてまたもこの存在を思い出し受験。

今度は「エンターテイナー(ESFP-T)」というまた新たな評価を手にしました。

これを一言で評すると「感性豊かで柔軟に行動できる人」だそうです。良い評価ですね。



三度受けて三度違う評価を得てしまい、もはや自分という人間がわからなくなってしまいそうなのですが、この診断の結果をそれだけで終わらせるのはもったいない。

もう少しこの結果を深掘りしていきましょう。



まず初回受験時の2021年4月。

このときは浪人生活を終えてまもなくのことで、約一年間の社会からの隔絶を経た上での受験でした。

つまり、他人との関わりや社会との関わりの経験が著しく低下した状態だったというわけです。

それゆえ、問いに答えるにあたって利用したのは中高生時代の少し古い自分でした。

いわばその時点での「真の自分」とは少し離れていたわけですね。


次の受験時は2022年2月。

既に大学生としての一年を終えて冬休みに入っている段階でした。

ただ、相変わらずコロナは猛威を振るい人間らしい社会活動が出来ていたかは微妙だったと言わざるを得ません。

特に後期の間は大半の授業がリモートで人との関わりが薄くなり、次第に寒さも厳しくなって家に引きこもるようになっていたのです。

別に彼女もいなければバイトをしているわけでもない。そういうセルフ隔絶の状態で受験した結果がINFP-Tでした。


そして直近の受験である2022年6月。

二年に進級し心機一転、人間として社会活動をしようと動き出してしばらく。

今まで大学の中だけで完結していた社会活動が、バイトというカタチで関わるようになり、社会との接点が大きく増えていました。

それにコロナとの関わり方も変わり、友人と顔を合わせる機会もほぼ毎日となっていました。



三度の受験の背景を見たところで、再び診断結果に目を移します。

「ENFP」「INFP」「ESFP」

まず三つの共通点は最後の二文字、「FP」です。

この部分は先に上げた「意思決定、感情処理の仕方」「仕事や計画の進め方」をそれぞれ示しており、「繊細で気持ちに従い、調和と協力を重んじる道理型(F)」で「即興に長けていて、選択肢を残しておくことを好み、自由を求める探索型(P)」というタイプを示しています。

この結果は三度とも一致していることから、恐らく私固有の性格と言っても問題はないものと思われます。


では次に違っている部分を見ていきましょう。

まずは最初の文字の一文字である、「EとI」。

この部分は人との関わり方を示しており、Iは内向型Eは外向型を示しています。

完全に真逆の評価を出しているわけですが、ここで受験したときの背景と照らし合わせてみましょう。

中高生時代という社会との関わりと持っていたときと、バイトなどで社会と深く関わっていたときの記憶を頼りにしているときはE。

セルフ隔絶を行っている時はI。

……おわかりでしょうか?この最初の文字の部分は、社会との関わりの強さによって大きく影響を受けているのです。


少し余談になるのですが、西尾維新先生の著作である「きみとぼくが壊した世界」という作品の中に「病院坂黒猫」という少女が登場します。

ややうろ覚えなので正しい話ではないのかもしれませんが、彼女は人間恐怖症という一面を抱えながら時に人と流暢に会話ができるシーンが存在します。

彼女いわくそれは「社交モード」に入っているから会話ができるらしいです。

この本を読んだのがいつだったか記憶が定かではありませんが、この「社交モード」という概念に強く心を打たれたのは覚えています。

私は元来他人との会話が得意な方ではありませんが、かといって社会で生活する上で人と話せないといった困難に直面したことはありません。

むしろ幼い頃から大人びているだとかそういう評価を受ける程度には社会的でした。

これはつまり私の中にも「社交モード」が存在しているというわけですね。


さて、MBTIの話に戻りましょう。

私が社会との関わりが密接であればあるほど、私の意識の中で「社交モード」の存在が大きくなっていきます。

つまりそれは考え方がとても外向型になるということ。

逆に社会との関わりを絶てば絶つほど「社交モード」が希薄になり、内向的になっていくのです。

そこから導き出されるものはなんでしょうか。


私の本当の自分は内向的なのかもしれませんが、決して意識が外に向かうことを拒絶しておらず、そちらにもそれ相応の魅力を見出しているということなのかもしれませんね。




ところで本来の流れならば、最後に二文字目である「SとN」について論じるべきなのでしょうが、ここはどうも自分でも何故違う結果になったのかということの納得がいってないので割愛させてください。

それらしい答えが出たらちゃんと考察しようと思います。





さて、長々語ってきたMBTI。

結局のところ何が言いたいのかと言うと、「性格診断ってのはその場の感情に大きく左右されうるよね」という話です。

あまり「本当の自分はこれ!」って型にはめ過ぎず、その場その場で柔軟な自分でもいいんじゃないかと思います。

皆さんも診断結果で悩みすぎないようにしましょうね!

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